人に変化を求める前に、自分が変わる努力をしているか?
人間関係で悩んだことがない人は少ないと思う。
職場、友人、家族、恋人。
関係が近ければ近いほど、「なんで分かってくれないんだ」という気持ちは大きくなる。
私自身もそうだった。
「もっとこうしてくれたらいいのに」
「なんで動いてくれないんだ」
「どうして分かってくれないんだ」
そんなことを何度も考えてきた。
しかし、現場で人を指導する立場になり、多くの人と関わる中で、一つの考え方にたどり着いた。
それは、
人を変えることは難しい。しかし、自分の行動は変えられる。
ということだ。
もちろん、これは「相手が悪くても我慢しろ」という話ではない。
歩み寄る努力は必要だ。
しかし、相手を責める前に、自分は本当に向き合ったのかを考えることも同じくらい大切だと思っている。
他人に変化を求めるのは簡単
人の欠点はよく見える。
仕事をしない人。
責任を取らない人。
言われたことをやらない人。
自分勝手な人。
そういう人を見ると、どうしてもイライラする。
そして、
「あの人さえ変わってくれれば」
と思ってしまう。
実際、私もそうだった。
現場でトラブルが起きるたびに、
「なんで動いてくれないんだ」
「なんで協力しないんだ」
と思ったことは数え切れない。
しかし、その考え方だけでは何も変わらなかった。
なぜなら、相手が変わるかどうかは相手次第だからだ。
どれだけ正論を言っても、本人に変わる意思がなければ変わらない。
だからこそ、
「相手を変える」
よりも
「自分ができることは何か」
を考える方が現実的だった。
「誰々がやってくれなかった」は本当に相手の責任か?
現場でよく聞く言葉がある。
「〇〇さんがやってくれなかった」
「上司が助けてくれなかった」
「部下が動いてくれなかった」
もちろん、本当に相手に問題がある場合もある。
しかし私は、その言葉を聞くたびに一つ考える。
本当に相手だけの問題なのだろうか。
自分は何をしたのだろうか。
相手に伝えただろうか。
相談しただろうか。
フォローしただろうか。
相手が理解できるように説明しただろうか。
そこを飛ばして相手だけを責めるのは簡単だ。
しかし、それでは何も変わらない。
私自身も昔は相手ばかり見ていた。
しかし、責任者という立場になってから考え方が変わった。
相手を責める前に、自分ができることをやり切ったのかを考えるようになった。
指示したつもりでも伝わっていなかった
これは新人教育で痛感したことだ。
私は最初、
「ちゃんと説明した」
と思っていた。
しかし実際に作業を見てみると、相手は全く違う解釈をしていた。
こちらは当然だと思っていたことが、相手にとっては当然ではなかった。
そこで私は、
説明するだけではなく、
実演する。
確認する。
復唱してもらう。
という方法に変えた。
すると同じミスが大きく減った。
この経験から学んだことがある。
それは、
伝えたことと、伝わったことは別物
ということだ。
人間関係でも同じだと思う。
自分は言ったつもり。
自分は伝えたつもり。
しかし相手には届いていない。
そんなことは意外と多い。
立場が逆だったらどう思うだろう
私は不満を感じた時、できるだけ立場を逆にして考えるようにしている。
もし自分が上司だったら。
もし自分が部下だったら。
もし自分が相手だったら。
そう考えるだけで見え方は大きく変わる。
昔は、
「上司が助けてくれない」
と思うこともあった。
しかし、自分が責任者になって分かった。
責任者も万能ではない。
全てを把握することはできない。
相談されていない問題は気付きようがない。
部下の悩みを全て察することも難しい。
だから私は、
「分かってくれない」
と思った時ほど、
「ちゃんと伝えただろうか」
を考えるようになった。
母親との出来事で学んだこと
この考え方は職場だけで身についたわけではない。
家族との関係でも学んだ。
昔、母と同じ牧場で働いていたことがある。
私は現場の改善案を考え、牧場長へ提案した。
結果として承認され、実際に改善が行われた。
私は素直に嬉しかった。
しかし、その時母親から返ってきた言葉は祝福ではなかった。
否定だった。
当時の私は、
「なんで理解してくれないんだ」
と思った。
しかし今振り返ると、人にはそれぞれ価値観がある。
自分が正しいと思っていても、相手が同じように受け止めるとは限らない。
どれだけ説明しても伝わらないこともある。
だからこそ、
理解されることに執着しすぎないことも大切だと思うようになった。
それでも変わらない人はいる
ここは誤解してほしくない。
私は歩み寄る努力を否定したいわけではない。
むしろ大切だと思っている。
しかし現実には、
どれだけ伝えても変わらない人がいる。
どれだけフォローしても動かない人がいる。
どれだけ手を差し伸べても拒否する人がいる。
そういう人も見てきた。
昔は、
「自分の努力不足だ」
と思っていた。
もっと説明すればいい。
もっと教えればいい。
もっと向き合えばいい。
そう考えていた。
しかし限界があった。
本人に変わる意思がなければ変わらない。
これは現実だ。
だから今は、
変える努力はする。
それでも無理なら対応を変える。
そう考えている。
自分が変わる努力とは何か
自分が変わる努力とは、
我慢することではない。
相手に合わせ続けることでもない。
伝え方を変える。
接し方を変える。
距離感を変える。
環境を変える。
選択肢を増やすことだ。
相手を変えることは難しい。
しかし、自分の行動は変えられる。
だから私は、人間関係に悩んだ時ほど、
「自分にできることは何だろう」
と考えるようにしている。
理想的な関係とは責任を共有できること
良い人間関係とは、
どちらか一方が我慢し続ける関係ではない。
問題が起きた時に、
相手だけを責めるのではなく、
自分にもできることを考えられる関係だ。
責任を押し付け合うのではなく、
責任を共有できる関係。
それが理想だと思う。
まとめ
人を変えようとすること自体は悪くない。
歩み寄る努力も必要だ。
しかし、
相手を責める前に、
自分は何をしただろうか。
伝えただろうか。
向き合っただろうか。
努力しただろうか。
その上で、それでも変わらない人とは距離を取ればいい。
人を変えることは難しい。
だが、自分の選択は変えられる。
私はそう考えている。

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